大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 平成6年(ヨ)1138号 決定

主文

一  債務者らは、別紙物件目録一記載の土地上に同目録三記載の建物の建築工事をしてはならない。

二  申立費用は、債務者らの負担とする。

理由

一  申立て

1  債権者

主文一項同旨

2  債務者

本件申立てをいずれも却下する。

二  事案の概要

建売住宅を建築して販売しようとしている債務者株式会社丙川工務店(以下「債務者丙川工務店」という)とその建売住宅を購入しようとしている債務者乙山春夫(以下「債務者乙山」という)及び債務者株式会社丁原(以下「債務者丁原」という)に対し、建築予定地に隣接する債権者が、日照権侵害等の権利侵害が予想されることから人格権等に基づく妨害予防として住宅建築の工事禁止を求めた事案である。

債権者の主張は、平成六年一一月二日付け仮処分命令申請書並びに同月一七日付け及び同月二八日付け準備書面記載のとおりであり、債務者の主張は、平成六年一一月一七日付け答弁書、同月一八日付け及び一二月一日付け準備書面記載のとおりであるから、これを引用する。

三  当裁判所の判断

1  一件記録によれば、次の事実が一応認められる。

(1) 債権者は、別紙物件目録四、五記載の土地及び建物(以下「債権者建物」という)を所有し、同建物に昭和六二年ころから家族とともに居住している。

債務者丙川工務店は、土木建築工事の設計施工請負業者、不動産の売買等を目的とする資本金一〇〇〇万円の株式会社である。債務者乙山は、建築工事の企画、設計、監理等を目的とする債務者丁原の代表取締役である。債務者乙山及び同丁原は、債務者丙川工務店から別紙物件目録一記載の土地(以下「三丁目三八番一の土地」という)及び同目録三記載の建物(以下「本件建物」という)を購入する予定である。(争いがない)

土地の位置関係は、別紙のとおりである。

(2) 本件建物付近は、尾張旭市の南西部に位置し、第二種住居専用地域に指定されている。その一帯は、ほとんどが一戸建ての平家建か二階建の小規模の低層住宅である。(争いがない)

債権者建物は、東西に長細い二階建ての木造住宅であり、玄関及び各室の窓が南側に設けられている。一階東側の居間兼食堂は、債権者の家族が食事や団欒をする場であると同時に二人の子供の机も置かれている。二階東側は債権者夫婦の寝室、中央の部屋は債権者の書斉兼仕事部屋である。債権者は、自宅購入後約七年間、建物南側の各開口部を通じて日照に恵まれ、健康で快適な生活を享受してきた。

(3) 本件建物は、当初の設計では地盤面からの高さが九九五センチメートルとされていたが、その後の交渉により九八〇センチメートルとなり、本件仮処分の審尋中に、本件建物を北側流れに傾斜させ三〇センチメートル低く設計し直したため九五〇センチメートルとされている。

また、債務者丙川工務店は、本件建物と同時に、その東側土地(別紙物件目録二記載の土地、以下「三丁目三八番三の土地」という)に木造二階建住宅(以下「件外建物」という)の建築(高さ八六五センチメートル)を予定している。

(4) 当初の計画における本件建物の建築による債権者建物が被る日照障害は、次のとおりである。

二階南側窓(地上四〇〇センチメートル)

西側居室窓及び東側寝室窓 三時間一八分

中央書斉窓 四時間四二分

一階南側窓(地上六〇センチメートル)

西側和室窓 三時間四〇分

東側台所窓 三時間三四分

東側居間窓 四時間一〇分

右計画における本件建物と件外建物の建築による債権者建物が被る日照障害は、次のとおりである。

二階南側窓(地上四〇〇センチメートル)

西側居室窓 三時間一八分

中央書斉窓 四時間五八分

東側寝室窓 四時間四六分

一階南側窓(地上六〇センチメートル)

西側和室窓 三時間四〇分

東側台所窓 五時間一二分

東側居間窓 五時間〇〇分

審尋中に変更した本件建物の建築による債権者建物が被る日照障害は、次のとおりである。

二階南側窓(地上四〇〇センチメートル)

西側居室窓 三時間〇六分

中央書斉窓 四時間五八分

東側寝室窓 三時間二六分

一階南側窓(地上六〇センチメートル)

西側和室窓 三時間三二分

東側台所窓 三時間四二分

東側居間窓 四時間二四分

(5) 本件建物が完成すれば、債権者建物において享受できた眺望はかなり阻害されるばかりか、圧迫感、閉塞感を受けることが予想される。また、電波障害や通風障害も予想される。

(6) 債権者は、平成六年七月に債務者らの建築計画を知るや一級建築士の助力も得ながら具体的な設計変更案を示す等の債務者らと交渉してきたところ、債務者らは、一度は日照軽減につながる設計変更案を提示してきたものの、本件建物の建築確認が得られると当初の計画を遂行する姿勢をみせた。

2  ところで、建築基準法が規定する日影規制に抵触しない場合は、当該建物は、特段の事情がないかぎり、私法上も違法性がない、又は受忍限度を超えないと解するのが相当であるところ、本件建物は、第二種住居専用地域との指定がなされているところであり、高さが一〇メートルに満たない建築物であることから建築基準法の日影規制の対象とならず、また、建築確認を得ているのであるから、特段の事情がないかぎり、本件建物により債権者建物に日照阻害が生じたとしても受忍限度内と考えられる。

そこで、特段の事情の有無について検討するに、右事実によれば、本件建物が建築される一帯は、ほとんどが一戸建ての平家建か二階建の小規模の低層住宅であること、債権者は自宅購入後約七年間建物南側の各開口部を通じて日照に恵まれ健康で快適な生活を享受してきたこと、審尋中に変更された建築計画による日照阻害が債権者建物の二階南側の中央書斉窓(地上四メートル)において四時間五八分、一階南東側居間窓(地上六〇センチメートル)において四時間二四分となること、件外建物による複合的日照阻害は、債権者建物の二階南側の中央書斉窓では四時間五八分と影響が少ないと推定できるものの一階南東側居間窓では五時間以上になることが推定できること(高さ一〇メートルの建物であれば、敷地境界線から五メートル地点で高さ四メートルにおいて冬至日の日照阻害は三時間以内であるとの規制が存在することに比べれば、相当の被害を被るものと評価せざるをえない)、本件建物の建築により債権者建物には眺望阻害、電波障害及び通風障害が予想されるばかりか圧迫感及び閉塞感も予想できること、債務者丙川工務店は三丁目三八番一と三丁目三八番三を分筆して所有しているのであるから本件建物を南側にずらして建築することも可能であったこと、本件申立てに至るまでの債務者らの債権者に対する交渉態度は債権者の人格権を充分尊重したものとはいえないことが認められ、これら日照阻害の程度、地域性、加害回避の可能性、先住関係、交渉経緯等の事情を考慮すると本件申立てには特段の事情が存在すると解するのが相当である。

したがって、債務者らが本件建物の建築により債権者建物に与える日照阻害等の被害は受忍限度を超えたものと評価せざるを得ず、被保全権利の存在の疎明は充分と考える。また、事案の性質及び右事実を併せ考慮すれば、保全の必要性も認められる。

3  債権者の債務者らに対する本件申立ては理由がある。

(裁判官 杉浦徳宏)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例